株式譲渡で売主が個人の場合における株式譲渡後の節税策

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中小・零細企業M&Aについて株式譲渡で売主が個人の場合における株式譲渡後の節税策を教えてください。
M&Aクロージングにおいて売主は現金を受領します。現金のままで親族への贈与は重い贈与税の洗礼を受けます。
そこで、下記のような資産圧縮スキームを主に金融機関が提案します。

【解説】

 オーソドックスなものに、取得費加算(措法39)があります。
平成28年1月1日以降においては、非上場株式の譲渡益は、一般公社債等に係る譲渡損失、償還損失との相殺可能です。
 金融機関をはじめとしてトレンドなのは、親族内承継における新設法人資金調達スキームやM&Aにより、株式の現金化を実現できた方に対する、現金の贈与方法についての信託受益権の複層化スキームです。
 私募債⇒信託受益権の質的分割⇒元本受益権の大幅圧縮⇒圧縮後の元本受益権を親族に贈与、というものです。金融庁から再三税制改正要望がでているにもかかわらず、受益権の複層化の立法化は遅れています。そのような状況においても、下記の通達を使い様々なスキームを試みていることも多いようです。問題点等を下記に列挙します。

 現行法上、質的分割された場合の複層化信託について、財産評価基本通達202項に規定があります。民事信託に係る複層化信託の場合、信託税制上は、相続税法において当該民事信託を受益者連続型信託以外の信託と受益者連続型信託の二区分としています(相基通9の3-1)。受益権が複層化された信託における現行税制上の評価方法について、財産評価基本通達202項で確認しておきます。

【財産評価基本通達202項】
(信託受益権の評価)
202項 信託の利益を受ける権利の評価は、次に掲げる区分に従い、それぞれ次に掲げるところによる。(平11課評 2-12外・平12課評 2-4 外改正)
⑴ 元本と収益との受益者が同1人である場合においては、この通達に定めるところにより評価した、課税時期における信託財産の価額によって評価する。
⑵ 元本と収益との受益者が元本及び収益の一部を受ける場合におい、は、この通達に定めるところにより評価した課税時期における、信託財産の価額にその受益割合を乗じて計算した価額によって評価する。
⑶ 元本の受益者と収益の受益者とが異なる場合においては、次に掲げる価額によって評価する。
 イ 元本を受益する場合は、この通達に定めるところにより評価した課税時期における信託財産の価額から、ロにより評価した収益受益者に帰属する信託の利益を受ける権利の価額を控除した価額
 ロ 収益を受益する場合は、課税時期の現況において推算した受益者が将来受けるべき利益の価額ごとに課税時期から、それぞれの受益の時期までの期間に応ずる基準年利率による複利現価率を乗じて計算した金額の合計額

 現行の受益権評価方式では、受益権を分離させることにより節税策をとることは不可能になったともいわれます。しかし、その一方で、財産評価基本通達202項は収益受益権の評価損益は元本受益権で吸収されるため、基準年利率を上回る収益率を設定することによって、また信託契約期間を引き延ばすことによって、元本受益権の評価を引き下げ、節税策として用いられる例も散見されます。

 オーナーが自社の資金調達のために引き受けた社債、すなわち私募債や自社に対する貸付金を信託財産として信託契約を締結することも可能です。その際、社債のように収益が安定した資産を信託財産とするのであれば、その利息部分を受け取る権利と信託満了時に残余財産を受け取る権利とに分離することも可能です。これを受益権分離型信託と呼びます。

 受益権分離型信託の受益権は、信託財産である私募債の元本と信託契約満了時に受け取る権利である元本受益権と信託財産から生じる収益を受け取る権利である収益受益権に分離されたものとなります。

 分離された各受益権は別々に譲渡、贈与することも当然可能です。
例えば、収益受益者を父親、元本受益者を子供として信託契約を締結すれば、元本受益権を子供に承継することが可能となります(この際、子供に当然、贈与税は課税されます)。

 受益権分離型信託の受益権の評価は上述の財産評価基本通達202項を使います。したがって、信託受益権の評価額=収益受益権+元本受益権の評価になります。年利率3%の私募債を信託財産として10年の信託契約を締結した場合、収益受益権は「3%の利息を10回受け取る権利」となります。

 したがって、時の経過により収益が実現し、収益受益権の評価額は毎年低下していくことなります。一方、元本受益権は「信託終了時に元本(額面)を受け取る権利」であるため、時の経過ととともに上昇することになります。

 例えば、額面20億円の社債を信託し、表面利率は5%と設定し、同率の収益分配を設定します。委託者及び収益受益者は父親、元本受益者は子供とします。信託期間は15年とします。収益受益権は基準年利率によって割引現在価値を計算するので13億8,650万円と評価されます。一方で元本受益権の評価額は20億円から13億8,650万円を差し引き6億1,350万円と評価されます。

 委託者である父親の信託により元本受益者が子供となったので元本受益者の評価額に対して贈与税が課税されるわけです。この点、元本の割引現在価値を計算すると17億2,200万円です。すなわち、受益者である子供は約17億円の価値ある財産を無償で受け取ったことになります。先ほどの計算例で言えば、元本受益権が6億円という評価額であるということは、金融資産の評価額が11億円も引き下がることになり大幅な節税効果が発現できたことになるのです。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

 それは財産評価基本通達202項の計算ロジックが金融商品の時価評価方法と整合性が取れていないからです。平成18年度税制改正前は元本と収益を各々単独で評価していました。当時は割引現在価値を計算するための基準年利率は年8%(改正後4.5%)と非常に高い利率でした。この結果、「信託の収益率<基準年利率」となり、元本受益権の割引現在価値を大きく引き下げることにより節税することが可能であり、これを利用した自社株移転スキームも数多く見受けられたのです。改正により現行通達になってから従来までの節税策は封じ込められたかのように思われました。

 問題となるのは差引計算方式の基本公式である「信託受益権=元本受益権+収益受益権」です。というのは、割引現在価値の計算の前提となるのは収益の割引現在価値と元本の割引現在価値の合計が一致するのは収益の利回りと割引率が一致する場合のみだからです。

 先ほどの例でいえば、額面20億円、償還期間15年の社債を信託財産とした場合、収益分配の利回りが割引率と一致する場合のみ、収益受益権の割引現在価値と元本受益権の割引現在価値の合計額が20億円として一致することになるわけです。つまり「信託の収益率>基準年利率」としその差を大きくすればするほど、元本受益権の相続税評価額は引き下げられることになるのです。これは収益受益権が元本受益権の価値を食いつぶしている状況であり、受益者分離型信託の元本受益権を子供に贈与した場合、収益受益権の価値が上昇すればするほど元本受益権の評価が下がることになるということになります。これが財産評価基本通達202項の計算ロジックが金融商品の時価評価方法と整合性が取れていないといった所以です。

 貨幣の時間価値を無視して考慮してみます。収益率10%の金融資産があったとします。収益分配の合計額は20億円×10%×15年=30億円となります。元本20億円と単純合算すれば50億円です。この金融商品を20億円で評価するというのが現行制度なのです。

 証券投資信託など収益が安定しないような金融商品を信託財産とした場合に、その収益受益権はどのように評価すべきでしょうか。私募債のように安定した収益を推算することができません。この点、財産評価基本通達202項は「収益を受益する場合は、課税時期の現況において推算した受益者が将来受けるべき利益の価額ごとに課税時期からそれぞれの受益の時期までの期間に応じる基準年利率による複利現価率を乗じて計算した金額の合計額」と規定しており、「現況において推算」するならば、過去の実績は問われず、将来収益の予測数値を使って収益受益権を評価すればよいとあります。つまり、合理的な予測であれば、毎年の収益率が異なる場合もあり得えます。しかし、これは公正価値評価におけるDCF法と同様の発想といえます。

 証券投資信託1,000万円を信託財産として、信託期間10年の受益権分離型信託を設定します。予想収益分配金が毎年50万円であれば、収益受益権は複利現価率を使って計算すると約4,812,000円です。一方、予想収益分配金が当初2年
は100万円で3年目以降は50万円であれば、収益受益権は約5,808,500円と評価されます。当該評価方法によれば、信託の収益率をあまりに高額に設定すると信託期間満了時において、元本受益権が当初信託財産の額面を下回るリスクがあるのです。また、収益分配に伴う所得税の負担も当然大きくなります。信託財産が生み出す収益は毎年変動するのが通常の考え方と思われます。信託契約で設定された収益分配を賄うことができない場合、信託元本を取り崩して収益受益者に支払うことになります。このため、元本受益者が受け取る元本が毀損し、贈与のために信託を設定した目的が達成できなくなる恐れも過分にあります。

 より極端に受益権が複層化された信託を設定し、その5年後に合意等により信託を終了したときの収益受益権の評価額の算出方法です。委託者=収益受益者が亡くなることで信託は終了します。相続が発生した時には、その時点において残りの信託期間分の収益受益権評価額を算出し、その評価額を相続財産に合算することが求められます。信託が終了すれば、信託財産は元本受益者に交付されることになりますが、委託者=収益受益者が得ることになっていた残り期間分の収益受益権も信託終了時に取得するものとして、信託終了時点の収益受益権の評価額に合算されてしまうのです。また、この信託では、信託財産から得られた収益を、収益受益者に交付することになります。信託受益権の評価は信託設定時に行うことになりますが、実際の交付の手続きは信託財産を交付することとして信託契約に定められた信託配当日に信託財産から得た収益より必要経費を差し引いた金額を収益受益者に交付します。収益の交付が信託契約に定められた通り行われない場合、信託設定時に推算した金額と極めて異なる額で信託収益を交付することになるときには、信託受益権の当初評価額が変更される可能性があります。

 なお、本稿の内容は岸田康雄『顧問税理士が教えてくれない資産タイプ別相続・生前対策パーフェクトガイド(改訂版)』(中央経済社(2018/11/10))の該当箇所を適宜参照しています。

(課税実務における留意点)
 ・収益受益者が得る収益の推算を適正に行う。信託期間は収益受益者の平均余命で決定する。
 ・早期に相続が発生する場合のリスクを説明する。
 ・信託の収益率>基準年利率の差が多ければ多いほど、元本受益権の相続税評価額は少なくなるが、「過度に」行うことは絶対NG、「現況で推算」の立証責任は最終的には納税者側にいくはずです。
 ・最終的に元本受益権がマイナスになる場合もあり得る。この場合の債務控除の適用可能性はない。
【「信託受益権の複層化」に係る税務リスク】
※受益権分離型信託ともいいます。
⑴ 信託受益権の複層化とは
  収益受益権と元本受益権に区分すること…定義は相続税法基本通達9-13
  収益受益権…信託に関する権利のうち信託財産の管理及び運用によって生ずる利益を受ける権利
  元本受益権…信託に関する権利のうち信託財産自体を受ける権利⇒信託終了の場合の信託財産の帰属の権利
⑵ 収益受益権と元本受益権に分割された場合の相続税評価額の算定方法は財産評価基本通達202⑶にあり。
  ① 元本を受益する者は、この通達に定めるところにより評価した課税時期における信託財産の価額から、②により評価した収益受益者に帰属する信託の利益を受ける権利の価額を控除した価額
  ② 収益を受益する場合は、課税時期の現況において推算した受益者が将来受けるべき利益の価額ごとに課税時期からそれぞれの受益の時期までの期間に応ずる基準年利率に複利現価率を乗じて計算した金額の合計額

  土地1億円を信託、20年間、年間300万円の地代が収益受益者に支払われる。20年後信託が終了し、元本受益者が土地を取り戻す。
  収益受益権:300万円×18.508=55,524,000円 …A、まずこのAを算定。
  (※)基準年利率0.75%の場合の複利年金現価で算定した場合 18.508
  元本受益権:1億円-55,524,000円=44,476,000円 …総額から上記Aを差し引いて求める。
⑶ 上記は改正後(現行通達への改正は平成12年6月)
  従来(改正前):元本受益権も現在価値に割り引く方法があった。⇒複層化した場合の受益権の価額の合計額が、複層化しない場合の受益権の価額より少なくなることを利用した節税策が氾濫。⇒平成12年6月改正あり。


⑷ 複層化した場合の問題点
  ① 収益受益権と元本受益権に受益権が分割された場合、信託財産から生じる所得の帰属が収益受益者なのか、元本受益者なのか条文等で定められていない。
  ② 信託財産や収益・費用は、受益者等において総額法で認識されることとなるが、収益受益権と元本受益権に分割された場合、どのように認識されるか不明。

  (典型例)不動産を信託譲渡した場合の減価償却費不動産所得における必要経費VS不動産売却時の譲渡所得の取得原価(譲渡費用)
  ③ 「課税時期の現況において推算した」好き勝手に推算してよいのか。
  ⇒基準年利率を上回る収益率の設定はどの程度まで許容されるか。
  ⇒合理的なエビデンスが必要
  (例)株式の場合、配当実績、配当性向、不動産の場合、従来賃料
  ⇒将来にわたって約束されるものではないため、入口一括課税がよいのでは?
  (参考)法人課税信託における、信託設定時課税
  ⇒入口一括課税回避のために参照すべき事項は?
  (参考)前払家賃を期間按分する方法
  平成17年1月7日 文書回答事例
  定期借地権の賃料の一部又は全部を前払いとして一括して授受した場合における税務上の取扱いについて

※受益者連続型信託においては下記の評価になる。
 元本受益権=0
 収益受益権=信託財産の評価額…租税回避防止規定

※収益受益権が法人が有する場合又は収益受益権の全部又は一部の受益者が存しない場合は当該通達は適用されない。

【受益権分離型信託の典型スキームとその税務リスク】
1 典型スキーム


★基準年利率を上回る収益率を設定することで元本受益権の評価を引き下げる。
 委託者兼「収益」受益者:現オーナー
 元本受益者:後継者
★基準年利率を上回る収益率を設定することで元本受益権の評価を引き下げると
 …収益受益権69,325,000(基準年利率を乗じたもの)元本受益権
 100,000,000-69,325,000=30,675,000(A)
 元本の割引現在価値 100,000,000×0.861=86,100,000(B)
 (A)-(B)=55,425,000…評価引下げ額
 ※収益の割引現在価値と元本の割引現在価値の合計が元本(額面)と一致するのは収益の利回りと割引率が一致する場合のみ。
 ⇒信託の収益率>基準年利率の差が多ければ多いほど、元本受益権の相続税評価額は引き下げられる。

2 税務リスク
 上記方法はいわゆる「DCF法」の考え方を取り入れたものである。すなわち財評通202の「現況において推算」した数値を使えばよい。
 ⇒「過去の実績は採用せず、将来収益の予測数値を利用して収益受益権を評価すればよい」という考え方
 ⇒⇒中小企業においてDCF法の上記の考え方は容認されにくい。
 ★ 1 なぜ、利息が毎年計上されると言い切れるの?
 ★ 2 中小企業の私募債など安定収益を生み出す金融商品と言い切れるの?
 …要は恣意性の介入の余地があるため、合理的な説明・エビデンスは必要でしょう。

 なお、このスキームは、当局側において、課税関係の洗替えによる課税をしようとする動きも現場の調査レベルでは見受けられるようです。上記のように、複層化しても、受益者連続信託とみなされて、財産評価基本通達202項での評価をせず、相続税基本通達9の3-1で評価されるケースが多いようです。今後は、慎重な取扱いが必要です。
 複層化に係る裁判例は拙著『Q&A 中小・零細企業の事業承継戦略と実践的活用スキーム』(ロギカ書房)をご参照ください。

 

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【出典書籍】
Q&A「税理士(FP)」「弁護士」「企業CFO」単独で完結できる
中小企業・零細企業のための M&A実践活用スキーム
<ロギカ書房>

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