【前提】
同族法人A社、完全子法人B社を設立し、A社の一事業部門を事業譲渡。
【質問】
この場合、営業権相当の支払いを予定していませんが、別途、営業権を評価する必要はあるのでしょうか。
【回答】
見解が分かれます。中小・零細企業における小規模ディールにおいては特段の配慮は不要と考えますので、今回の場合は、一定の条件の下で別途、評価、計上は不要と考えます。なお、自己創設のれんは償却不可です。
解説
1. 一切不要と考える説
もともと、売主A 社で営業権の帳簿価額が存在していないのなら、それを敢えて認識することは事実上、評価益の認識になる。法人税法の原則は法令に定めのあるものを除き、評価損益は不計上(損金又は益金に計上しない)である。
当事者間で有償、無償を問わず、営業権の譲渡があったとした会計処理について、当局が営業権の存在を否認する処分等は実際にある。しかし、当事者間でそもそも認識していないものを、当局が営業権の存在をあるものとみなして認定課税をすることは上記「・」の理由からあり得ない。
※なお、この説を採用する論者は、第三者間M&A等により取得したいわゆる営業権があり、これを無償譲渡した場合には、当該無償譲渡について営業権相当額分だけ寄附・受贈があったものではないかと指摘するむきもある。しかし、第三者M&Aにおいては、当事者間合意価格が時価であり、租税法上の適正評価額が介入する余地は一切ない。営業権の定義は、「法人税法上、営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を統合した、他の企業を上回る企業収益を獲得することのできる無形の財産的価値を有する事実関係であると解する。」(昭和57年6月24日鳥取地裁判決ほか)等とある。
現実的に、無形の財産的価値が結果としてあったものとされても、当事者間がそもそも認識していない自己創設のれんの計上余地は一切ない。中小・零細企業実務における事業譲渡に係るのれんは差額概念である。厳密には、当該営業権として評価、計上された金額が、売主会社の将来の収益性、採算性等(つまりDCF)から妥当と認められる場合には課税上の問題は生じない。
※この点、この説を支持する論者は、上記の収益性等を総合勘案しての営業権評価、計上額と実際計上額に差がある場合、当該差額相当額を、高額譲受に認定し、寄附金課税等が発動する見解もあるが、第三者M&Aにおいては、上記理由より租税法が介入する余地はなく、そういった課税関係が生じることもない。今回の事例では、現実には、AB両社間の利益調整等によって、営業権相当の恩恵(税メリット)は両者が受けるはず。同族法人間での利益調整が過度に行われる場合、寄附金課税等が行われる可能性がある。
上記をまとめると、営業権の評価、計上自体が論点になるのではなく、差額概念が税務上適正額と差異があれば、すべて寄附・受贈の論点に集約されるはず。したがって、営業権の創設自体が不要である。
2. 自己創設のれんも計上すべきとする説
上記のように「計上しない場合」寄附金認定の論点が登場する。したがって、当初から自己創設のれんを計上しておけば、そもそも寄附金認定課税の論点が生じない。
営業権はどのように評価するのかということについては、諸説あり。
当該評価方法については、法令上の明確な定めなし。実務では、- 時価総額/事業価値と時価純資産価額(個別資産の時価の合計)との差額をもって営業権の時価を求める方法
- 収益還元法等により営業権の時価を求める方法
- 財産評価基本通達165項準用
が考えられる。
非適格合併等(法法62の8 )における資産調整勘定(法令123の10④)の計算上、当該非適格合併等により移転を受けた事業の価値として当該事業により見込まれる収益の額を基礎として合理的に見積もられる金額を時価純資産価額とすることが容認されている(法規27の16①)。すなわち、明文化されていないが、黙示できるものとして、税制非適格再編成における資産調整勘定は非適格合併等対価資産の交付時価額-移転事業の収益額を基礎として合理的な価値見積額における事業価値はDCF 法(収益還元価値)とある(法令123の10、法規27の16)。
DCF 法-純資産価額=営業権とする考え方もあり。法人税法上、DCF法の許容を明示しているのは「適正評価手続に基づいて算定される債権及び不良債権担保不動産の価額の税務の取扱いについて(法令解釈通達課法2 -14、査調4 -20、平成10年12月4 日)」。ここでは、各手法で計算の基礎とした収支予測額及び割引率が適正であれば税務上も許容されるとあり。
中小・零細企業実務においては、考慮外でよいが、財産評価基本通達165項をベースに、それぞれの項目につき当該事業に対して個別具体的に算定する方法もあり。例えば、企業者報酬の額、製品ライフサイクルに応じた営業権の持続年数、資金調達コストを基礎とした基準年利率等々を個別具体的に算定し直すという方法。各々の項目につき論拠があれば税務上許容される。
非上場株式評価は法人税基本通達9 – 1 -14で行うが、これは財産評価基本通達178から189- 7 を準用するため、その際、営業権についても財産評価基本通達165項、166項(営業権の評価明細書のこと)で評価して良いかという論点もあり。これはもともと個人の相続財産評価基準であって法人同士では使えないのではないかという見解もあり理論的にはそれは正しいと思われるが、課税実務上、便宜のため、これを使うことが多い。
各同族法人の株主構成が違っていた場合、営業権を計上しなかった分だけ株主間贈与の認定があり得るのかという論点もあり。計上しなかった場合、または低かった場合、その差額が法人間での寄附の問題になりうる可能性があり。
前者の株主間贈与は、会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産を譲渡した場合、財産を譲り受けた会社の株式の価額が増加した場合には、当該増加部分を、譲渡した者から贈与により取得したものとみなすという、相続税第9条の論点。上記をまとめると、結局、別途のれんを評価しなければ、寄附・受贈(株主間贈与)の論点に帰結するため、それならば、予め評価、計上しておいたほうがよい、ということ。

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