税理士が持つべき新たな視点

事業承継

 オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授によると、AI(人工知能)の発達により、10年後に消える仕事として「税務申告書代行者」「簿記、会計、監査の事務員」などの税理士業務が挙げられ、昨今のマネーフォワードやfreee(フリー)などによるクラウド会計への流れもそれにあたると思います。
 当然ながら、あと1、2年という短期の視点ではそこまで急激な変化はないと思いますが、中長期的な視点で言えば、「税務申告書代行者」「簿記、会計、監査の事務員」などの税理士業務がAIに置き換えられてしまう可能性もあるでしょう。少なくとも今以上に「税務申告書代行者」「簿記、会計、監査の事務員」などの税理士業務における価格競争は厳しくなると思います。
 そのような厳しい外部環境下において、税理士は今後どのような視点を持って、顧客と向き合うべきでしょうか? ここでは次の3点について検討したいと思います。

1.顧客が抱える事業承継問題の本質は「経営」承継

 まず、顧客が抱えている課題について整理しますと、経済産業省によると、2025年には6割以上の経営者が70歳を超え、中小127万社で後継者不足となる、「大廃業時代」を迎え、このまま問題を放置すれば、約650万人の雇用と約22兆円に上る国内総生産(GDP)が失われる恐れがあると言われています。
 そのために、政府も躍起になって、この大廃業を回避するために、自社株式に関する相続税や贈与税の支払いを猶予する制度、いわゆる事業承継税制の改正などに取り組み、少しでも廃業危機を脱せるような取組みを後押ししています。我々税理士が抱えている顧客においても、本制度を利用しているケースもたくさんあると思います。
 当然ながら、このような取組みも大廃業時代への対応として大切なことと言えます。しかし、それだけで十分かと言えば、答えは“ノー”です。それは、事業承継=資産承継、いわゆる株式などの資産を承継すれば良いという誤解があるからです。先の通り、「大廃業時代」の要因は、資産承継の失敗ではなく、後継者不足、つまり、うまく経営が承継できていないのです。このことはあまり理解されていません。事業承継は資産承継と経営承継のいずれにも取り組むことで、事業承継を果たすこと、つまり、「大廃業時代」を回避できるのです。

図1 事業承継の両輪

 ここで1つ事例を紹介します。2015年3月27日の株式総会において、創業者である父・大塚勝久氏と長女・大塚久美子氏との人事案を巡る委任状争奪戦が繰り広げられ、結果として、長女・大塚久美子氏が過半数の支持を得て、創業者である父・大塚勝久氏を大塚家具から追い出したという事案です。マスコミではこの委任状争奪戦の模様や長女・大塚久美子氏の幼少期、父・大塚勝久氏と仲が良かったときの映像が流れていました。
 実は大塚一族は、ききょう企画という資産管理会社を有し、この時点では創業者である父・大塚勝久氏から長女・大塚久美子氏をはじめとした5人のご子息に株式が譲渡されていました。つまり、いわゆる資産承継は終わっていたのです。
 このように資産承継は終わっていたものの、経営承継がうまくいかず、事業承継が失敗した事案はたくさんあります。なぜ、このような事案が生じるのでしょうか?

 答えは簡単です。
 1つ目に、先ほど説明しました通り、事業承継=資産承継という誤解があり、経営承継の必要性が認識されていないこと、
 2つ目に、資産承継の対策については、税理士や金融機関などから節税対策の一環として多くの提案を受けることが多く、お金に直結しているためか、非常に分かりやすいのですが、経営承継は具体的に何をすれば良いかが分からないこと、
 3つ目に、そもそも経営承継に関するサービスを提供する専門家が少ないこと
があるからです。
 詳しくは、拙書「『経営』承継はまだか」(中央経済社)をお読みください。

2.欧米で活躍しているファミリービジネスコンサルタント

 欧米ではオーナー・同族会社については「ファミリービジネス」と呼ばれ、研究も進んでいます。また、この経営承継の問題に対応するために、ファミリービジネスコンサルタントと呼ばれる専門家が存在し、その対応をしています。
 ファミリービジネスコンサルティングのフレームワークとして、スリーサークルモデルという考え方があり、ファミリービジネスを永続させるには、経営(ビジネス)、所有(オーナーシップ)、家族(ファミリー)の観点から対応しなければならないとされています。筆者が考えるそれぞれの分野で検討すべき事項を下図にまとめました。さて、これらの分野について、読者の皆さまの顧客は十分に対応されていますでしょうか?

図2 スリーサークルモデルの各観点で検討すべき事項

3.これから税理士に求められるコンサルティングスキル

 日本においては、残念ながら欧米で見られるようなファミリービジネスコンサルタントのような専門家はいません。日本において、経営者が困ったときに相談する相手としては、税理士、金融機関が多いですが、実態としては、税理士や金融機関でもファミリービジネスコンサルタントのような活動ができていません。
 しかし、これからは、税理士もファミリービジネスをマネジメント(管理)するという考え方と、ファミリービジネスマネジメント(FBM®)という観点を持って、将来的にAIへの代替が予測される「税務申告書代行者」「簿記、会計、監査の事務員」などの税理士業務だけではない、コンサルティングスキルを高めるべきだと思います。
 弊社ではそのような専門家をファミリービジネスマネジメントコンサルタント®と呼び、その育成にも力を入れています。本稿をお読みいただいている税理士の皆さまにはぜひ、これまでの「税務申告書代行者」「簿記、会計、監査の事務員」などの税理士業務に加えて、新しいファミリービジネスマネジメントコンサルティングという領域に一歩踏み出してもらいたいと思います。

図3 ファミリービジネスマネジメントコンサルタント®の視点

[ファミリービジネスマネジメントコンサルタント®養成講座のご案内]
本講座では、ファミリービジネスに対して、経営、所有、家族の観点から専門的かつ総合的なアドバイスができる専門家を育成しています。養成講座では、ファミリービジネス概論に加えて、ファミリービジネスコンサルティングの具体的な進め方や実際にあったオーナーからの引合に対して、どのような形で現状分析を行い、次の提案に結び付けるのかについてのケーススタディも行っています。

詳しくは以下のホームページをご参考ください。

●株式会社日本FBMコンサルティング 
<ファミリービジネスマネジメントコンサルタント(R)養成講座>
https://jfbmc.co.jp/training/

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